原動力になってます!

ーも、こんにちはみこです。

 

先日、仕事が休みだったので

福岡県の朝倉にドライブへ^ ^

お昼はうきは市の「たねの隣」でランチを。

食材にオーガニックなものを使用しているため

健康的でもありました!( ´∀`)

 

 

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外にもテラス席もあり

今の時期には凄くおすすめですね!

 

 

 

その後朝倉へ戻り

今日の楽しみでもあった筑前町立大刀洗平和記念館へ。

ここでは特別攻撃隊。略して特攻隊。

を展示している平和記念館です。

 

 

実物の零戦だったり

戦死した方々の手紙など

約1800点の資料が展示されています。

 

 

大刀洗陸軍飛行学校は本校。

分校の一つとして

有名な場所に鹿児島県の知覧があります。

後に特攻隊員となった多くの飛行兵が

ここ大刀洗で教育を受けました。

 

 

大刀洗で訓練を受けた後

鹿児島県の知覧や鹿屋へ出兵。

特攻隊として『お国のために』命を捧げ戦死しました。

 

 

すが、アメリカの勢力は強く

昭和20年(1945年)3月27日、アメリカのB-29により

1000発近い爆弾が6波にわたり投下されました。

飛行場は壊滅的な打撃を受け、多くの人々の命が

失われ、その中には集団下校中の幼い児童たちも含まれていました。

 

 

私は数ある展示の中で

印象的だった映像がありました。

それは…誘導機に乗っていた方の動画です。

 

 

戦争体験者は

「死にたくない。みんな心のどこかでは思っていた。

でもそんな言葉は口にはできない空気ができていた。」

と動画の向こうでご老人は語っていた。

 

 

展示されていた手紙には

両親、兄弟、妻、子供へ書かれていた。

『元気にしているか。』

『仲良く過ごしているか。』

故郷を懐かしく思う気持ち。

 

 

今から死にに行くものが残したものは

『遺書』ではなく『手紙』であった。

 

 

それを家族は読んで涙を流し滲んだであろう手紙。

残された家族はどう思うのだろうか。

『お国のためによくやった。』

それとも戦争への憎しみなのか。

どんなことを思うのだろう。

 

 

笑顔で送り出した家族。

笑顔で『お国のために戦ってきます。』

と言って戦死した若者たち。

 

 

とは何か。生きるとは何か。考えさせられる場所。

そんな一日となりました。

 

 

 

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自分を見つめ直す、自分の原動力になってくれる

ものがいつもありますね。

 

 

明日からまた仕事ですが

頑張っていきます。

 

 

 

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんに残るものを。

めまして😌

どーも、こんばんはみこです。

 

 

このブログでは、

戦争、差別、貧困、震災などまだまだ

私が行った場所は少ないですが

自分が訪れた県や国にどう感じたのか

などを中心に書いていこうと思います。

 

 

 

小さい頃から平和だったり差別だったり

考えることが凄く好きでした。

 

それがいいことなのかわかりませんが…笑

 

 

 

 

正直、知識などは全くありません。

自分が見たもの感じたもの聞いたことを

書いて、皆さんに読んで興味を

持っていただけたらと思います。

 

 

でーすーが!!!!

硬くなりすぎないように

日頃の仕事やプライベートのことも

交えながら書いていこうと思うので

気楽に読んでください。笑

 

 

 

最後まで読んでいただき

ありがとうございます。